グッデイならできる♪家族でつくる、いい一日。ホームセンター グッデイ

第2回 石原和幸さん編

花や緑を通して、人と自然が共存する暮らしを創造し続ける石原氏。DIYを通して、「家族で作るいい一日」を提案し続けるグッデイと石原氏は現在、グッデイ西福岡店での恒例イベント「寄せ植えセミナー」をはじめ、石原氏がお客様のお宅を訪問し、無料でアドバイスをする「お庭相談イベント」、お客様のお庭を石原氏がプロデュースする「お庭リフォーム」事業など、様々な形で活動を共にしている。

  • 1 オートバイから「花」の世界へ -花屋は夢を売る仕事
  • 2 チェルシー・フラワーショーへの挑戦 -世界の舞台に夢を懸ける
  • 3 庭づくりは「お客様が発想する0.5歩先のぶっちぎり!」
  • 4 グッデイとともに目指すもの

柳瀬今日は、ガーデニングワールドカップ(※①)への出展準備中というお忙しい中、ありがとうございます。しかも、出展作品であるお庭の中でお話が聞けるということで、感激しています。庭の中にこのような建屋があるなんて驚きました。

石原氏内側から庭の風景が楽しめるんですよ。庭を眺めながらお話しましょう。

柳瀬とても素晴らしい景色ですね。今回は、石原さんのこれまでの歩みや仕事にかける思いなど、じっくりとお伺いしたいと思います。よろしくおねがいします。

石原氏こちらこそ、よろしくお願いします。

※① ガーデニングワールドカップ協議会(佐世保市、ハウステンボス㈱ ほか)が主催する、ガーデニングコンテスト。
長崎・ハウステンボスにて2010年から毎年開催されている。世界で活躍するガーデナーが技を披露し、トップを競う。

1 オートバイから「花」の世界へ ― 花屋は夢を売る仕事

柳瀬石原さんは、最初は自動車関係の仕事をされていたと、著書の『世界一の庭師の仕事術』の中に書いてあり、意外でした。どのような経緯で、車の世界から花の世界に入られたのですか?

石原氏 僕は学生時代、モトクロスのプロレーサーを目指していたんです。契約ライダーとしてチームに所属していました。もともとメカニックなことが好きで、いつもバイクをいじってましたね。大学も交通機械工学科に行きました。ガレージにオートバイがあって工具が並んでいる光景が僕の憧れでしたね。ところが近眼になってしまって、レーサーを断念したんです。そこで、自動車整備士の資格を持っていたこともあって、大学卒業後に自動車販売会社に就職しました。実家は農家ですが、その頃、父が桃や梅の花木を植えて、商品として出荷するようになりました。僕も父の影響で園芸が好きになって、手伝いたいと思うようになったんです。そこで、生け花が役に立ちそうだと思って、習い始めました。

柳瀬家業を手伝うために、池坊に行かれたのですね。

石原氏そうです。花を背負って、バイクで教室に通っていました。当時、長崎で花を習う男性は僕くらいだったでしょうね。でも池坊の世界は、本当にかっこよくて素晴らしかった。衝撃でしたね。それで花屋になろうと決めました。1年で会社を辞めて、路上販売の花屋さんに、修行させてくれと飛び込みました。

柳瀬いきなり路上販売の花屋さんに弟子入りとは、思い切った決断でしたね。

石原氏そうなんです。路上販売は究極の小売業でした。道路使用許可がないので、早く売りさばかないといけない。黙っていても売れないので、お客様を振り向かせないといけない。やっているうちに、花を売るというより、自分を売ることが重要なのだと気付きました。お客様に、花よりも僕を好きになってもらうのが先なんだと。売上がいい時は、お客様からの差し入れも多かったですね。

柳瀬モノじゃなくて自分を売るんですね。それが、石原さんのお店である『風花』につながっていくのですね。

石原氏ええ。花を売るにはブーケ作りとか、技術もいるなということで、まずは勉強のためにパリに行ったんです。パリで目に留まったのは、おしゃれなディスプレイでした。僕たちはただ花を並べていたけれど、お客様が思わず足を止める、つい買いたくなる「魅せ方」があることを知りました。
戻ってきて、独立していろいろやっているうち、商店街に並んでいる自動販売機のスペースを、花屋に変えようと思い付きました。それが『風花』です。2年で30店舗出店しました。
当時、社員には「花じゃなくて夢を売るんだ」とよく言っていましたね。「3分間でブーケを作るなら、3分間の入場料をいただいていると思え」と。花は人の気持ちを伝えるものです。僕たちはお客様の話を聞いて一緒に考えたり、アドバイスをしたりして、目の前のお客様に喜んでもらうことを大切にしました。

柳瀬花はどのお店にもあるけど、アドバイスは『風花』に行かないと聞けないということですね。そういうサービスを積み重ねて、『風花』は伸びたのですね。

石原氏店は80店舗まで増え、売上は40億になりました。当時35、6歳でしたが、何でもできるという気持ちになっていました。もともと花が好きで始めた仕事なのに、いつしかマネーゲームみたいになっていた。バブル崩壊の影響もあって、経営が傾きました。そこで、規模を縮小して小さな花屋に戻りました。
そんな時、お客様から「庭をつくれるか?」と聞かれたのです。「得意です」と答えたものの、実は仕事としては一度もやったことはありませんでした。でも一所懸命やったらできた。この経験から、切り花だけでなく、園芸やガーデニングで楽しむ世界があることに気づきました。同じ花を売るにしても、こういうニーズもあるのかと。それから本格的に庭づくりを始めました。

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ランドスケープアーティスト 石原 和幸氏

 1958年長崎市生まれ。路上販売から花屋をスタート、35歳で庭づくりを始める。2004年、ガーデニングの本場・英国の「チェルシー・フラワーショー」に初出展、シルバーギルト(第2位)を受賞。2006〜2008年には、前人未到の3年連続ゴールドメダル受賞という快挙を達成。さらに2012、2013年と、連続でゴールドメダルとベストガーデン賞を受賞。通算5つ目のゴールドメダルを獲得した。現在、緑の力で世界に貢献すべく多方面で活躍中。著書に、『世界一の庭師の仕事術』(WAVE出版)がある。株式会社 石原和幸デザイン研究所 代表取締役。

嘉穂無線株式会社 副社長 柳瀬 隆志

 1976年生まれ。2008年、嘉穂無線株式会社に入社。売り場経験を経て、09年取締役社長室室長に就任。「グッデイならできる」のフレーズで親しまれるCMの制作に携わる。10年に取締役本部長、13年、代表取締役副社長兼営業本部長に就任し、現在に至る。