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2 受け継がれる企業文化~ポスト・イット®ノートを生んだ自由と創造の文化

柳瀬3Mさんには「15%カルチャー」という独特の商品開発文化がある、というのは有名なお話です。この「15%カルチャー」は、イノベーションの創出や連鎖とどのようにつながっているのでしょうか。

中井「15%カルチャー」は、「ビジネスに役立ちそうだ」と思えば、業務時間の15%程度を、自分が興味を持つ分野の研究や実験のために使ってもいい、という「不文律」です。これは、誰も管理せず、管理されることもないルールですから、報告の義務もなければ、上司の許可も承認もいらない。もちろん、15%かどうかを測ることもしません。
 明文化はされていなくとも、古くから受け継がれてきた当社の「文化」であり、全社員の間に浸透している「哲学」のようなものだろうと思います。

柳瀬とてもユニークで自由な企業文化ですね。

中井これは創業者の考え方ですが、社内に「汝、アイデアを殺すことなかれ」という言葉があります。失敗を回避するよりアイデアを育てるほうが大事という考え方で、失敗には寛容に、それよりもチャレンジを支援しようという文化なのです。ですから、興味があれば自分の専門外のことでも積極的にトライし、社内の専門家(技術者)に質問や相談をしながら研究を進め、専門家も気軽に教えるといったことが、当り前のように行われています。これは、有効な人材育成であり、人材活用でもあると思っています。
 「15%カルチャー」は、新しい技術を生み、人を育てる風土であり、新しいマーケットに踏み出すための後押しとなる文化だと言えるでしょう。

柳瀬実際に「15%カルチャー」が、新しい技術や商品の開発につながったというエピソードなど、おありですか。

中井当社には、「15%カルチャー」を実践するひとつの形として、「ブートレッギング」という習慣があります。上司に認められていない案件であっても、担当者はひそかに開発や研究を続けることができ、上司もそれを黙認するという暗黙のルールです。ちなみに、「密造酒=ブートレッグ」から来た言葉だそうです。
 先にお話ししたマスキングテープは、ブートレッギングの最初の事例だと言われています。研磨材担当のある社員が、上司から研磨材の仕事に戻るように言われたにも関わらず、そのまま上司に内緒でテープの開発を続けていた。それを上司も知りながら黙認しているうちに、マスキングテープが誕生したのだそうです。

柳瀬そんな風にイノベーションをサポートする風土があったからこそ、色々なヒット商品が世に出て行ったのですね。

中井例えば、世界中で大ヒットしているポスト・イット®ノートは、偶然のひらめきと失敗から生まれた商品です。
 ある研究者が強力な接着剤を開発しようとして、たまたま非常に弱い接着剤を作ってしまった。それを、本のしおりに応用できるのではないか、と別の研究者が思い付いたことで、ポスト・イット®ノートの開発が始まりました。そこには、教会の聖歌隊が讃美歌を歌う際、楽譜のしおりが落ちないように、楽譜にくっつけてしまいたいというニーズがあり、その開発担当者が、強力な糊を使うと楽譜まで剥がれてしまうという問題に悩んでいた、と言う背景がありました。そこで、失敗作として埋もれるはずだった接着剤が注目されたのです。こうして、別々のところで生じた失敗と問題点がうまく結びついて、ポスト・イット®ノートが誕生しました。1980年全米で発売以来、世界中に広まり、現在では100ヶ国以上で販売されています。
 このように、何かを発見したり、思いついたりした時に、自分の担当とは違う事でも自由にやってみることができる環境が当社にはあります。これがイノベーションにつながり、売れる商品を生み出す土壌になっているのだろうと思います。

柳瀬ポスト・イット®ノートのように、開発したものをうまく販売に結び付けていくのは、なかなか難しいのではないかと思いますが、何か仕組みのようなものがあるのでしょうか。

中井我々は日頃からユーザーさんを訪問して、何に困っているのかという話を聞いています。そこから自社の商品につなげやすいということはありますね。
 実は、ポスト・イット®ノートは日本に入って来た当初全然売れず、丸の内のオフィス街あたりで毎日毎日ユーザーにサンプリングして回っていたのです。そうすると、当時のポスト・イット®ノートは正方形で幅が広く、日本の付箋文化にはなじまないという声が聞こえてきたのです。そこで付箋の幅でハンコが押せるタイプのものを作ったところ、日本でも爆発的に売れるようになったのです。

柳瀬ユーザーのニーズに合致するものに改良して、売れる商品を作ったのですね。

中井そうです。社内にはイノベーションを形骸化させないための仕組みもあります。
 例えば、技術部門ではビジネスの枠を超えた情報交換と学びの場を設定しています。各部門の技術者が取り組む新製品、新技術の発表の場を半年に一回設けたり、テーマごとに技術者が学び合う分科会も存在し、これらは技術者同士の情報交換の場であると同時に、学びの場、交流の場としても機能しています。
 また、マネジメントの仕組みとしては、新しいビジネスの「種」を事業として軌道に乗せるために、経営陣から金銭的なサポートを得られる体制もあります。新たに生まれたビジネスオポチュニティに対して、これを逃すことなく中長期的なビジネスに育てていくことが目的で、ビジネスとしてはスタートアップで、まだ事業としては成り立たないような案件を短期的に金銭面でサポートするという仕組みです。グローバル、あるいはアジア太平洋地域でサポートするファンディングの仕組みもあり、各国の新規事業をサポートしています。日本の新規事業が出資を受けるケースもあるんですよ。
 これらの仕組みの根底に流れるのは3Mカルチャーである「アイデアの尊重」であり、ここから生まれたビジネスを実際の収益に繋げていくために、継続的なモニタリングも実施しています。

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ランドスケープアーティスト 石原 和幸氏

 1965年生まれ。1988年住友スリーエム株式会社入社。以来、家庭用品の営業及びマーケティング職、ビジネスアナリスト、シックスシグマ・ブラックベルトなどのスタッフ職、文具事務用品や家庭用品、DIY製品それぞれのマーケティングマネジメントなど幅広い職務を経て、2013年4月にコンストラクション及びホームインプルーブメント事業部長に就任、現在に至る。

嘉穂無線株式会社 副社長 柳瀬 隆志

 1976年生まれ。2008年、嘉穂無線株式会社に入社。売り場経験を経て、09年取締役社長室室長に就任。「グッデイならできる」のフレーズで親しまれるCMの制作に携わる。10年に取締役本部長、13年、代表取締役副社長兼営業本部長に就任し、現在に至る。