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第4回 アイリスオーヤマ編

「メーカーベンダー」という独自の業態によって生活者の視点に立った商品開発を行い、次々と事業を拡大しているアイリスオーヤマは、1958年、大阪府東大阪市で産業資材を作るプラスチック成形加工業「大山ブロー工業所」として創業した。オイルショック後の事業転換で、ガーデニングをはじめ、ペット、収納の分野に進出。89年に本拠地を仙台市に移し、91年に現社名に。生産・販売拠点を世界へと広げ、人々の暮らしを豊かにするための需要創造と市場創造を続けている。

アイリスオーヤマ中国・大連工場

  • 1 生活者の声を形にする
      〜ガーデニングブーム、ペットブームの火付け役に
  • 2 需要創造、市場創造のポイントは、「ストーリー」と「値ごろ感」
  • 3 ホームセンターの今後を考える 〜お客様起点のサービス業であれ

柳瀬グッデイの店舗には、園芸用品、ペット用品をはじめ、収納、生活家電、日用品など、多くの分野にわたってアイリスオーヤマさんの製品が並んでいます。このように、様々な分野で売れる商品を次々と生み出し、市場を創造し続けている御社の理念とは何か、またそれを可能にしている仕組みとはどのようなものかについて、おうかがいしたいと思います。今日はどうぞよろしくお願いします。

大山社長(以下大山)よろしくお願いします。

1 生活者の声を形にする
  〜ガーデニングブーム、ペットブームの火付け役に

柳瀬御社は、プラスチック成形加工業でスタートし、その後ガーデニングをはじめ、ペット、生活家電、LED照明と多岐にわたって事業分野を拡大してこられました。最初にガーデニング用品を手掛けられた経緯について、お聞かせ下さい。

大山当社は1958年に創業し、農業・水産分野の産業資材のメーカーとして、養殖用のウキや田植え用の育苗箱などを作っていました。当時、その分野ではトップシェアを取っていたのですが、オイルショックによって、それまで蓄積してきたものを一気に失い、大変な思いをしました。その結果、メーカーが作りたいものを作って市場に出す、プロダクトアウトのやり方ではだめだと分かりました。消費者が求めるものを提供するという、マーケットインのやり方に変える必要があると。そして、自社の強みを生かすオンリーワンとは何かを考える中で、園芸というマーケットが見つかったのです。これが約30年前のことです。
 私は実際に自分の庭で園芸をやってみました。すると「こんなものがあったらいい」というものが色々と出て来ました。私が欲しいと思ったものは、園芸をする多くの人々がこれまでずっと欲しかったはずのものです。これが、生活者の声を代弁して人々が欲しい製品を開発しようという、最初の試みになりました。

柳瀬そうやって開発したものを、どのようにして市場に出し、広げて行かれたのですか。

大山当時、園芸用品を売るところと言えば、種や肥料を扱う種苗店でしたが、これらのお店はスペースが狭く、当社の製品の全ては扱いきれないというのが現実でした。そこで、目を付けたのがホームセンターでした。園芸は、自分で肥料や水をやり、世話をして育てるというDIYです。店舗が大型でスペースがあるというだけでなく、DIYをビジネスとするホームセンターなら、園芸用品を扱う店としてぴったりだと考えました。ホームセンターで販売してもらうことで、当社の園芸用品は普及していきました。
 このように一連の流れを見ると、商品の開発は需要創造、商品の普及は市場創造だと言えますね。

柳瀬そんな中で、御社独特の「メーカーベンダー」という業態は、どのようにして開発されたのでしょうか。

大山メーカーベンダーというのは、メーカー機能と問屋機能を併せ持つ、当社独自の業態です。お客様にとって一番便利なあり方を追求するところから生まれた形で、お客様のライフスタイルに沿った需要創造、市場創造をするためのシステムです。
 問屋を通じて納めるだけでは、お客様の声が我々に届かず、我々が目指す需要創造はできません。例えば、園芸用品を売り始めた当初、プランターはプラスチック製が主でしたが、お客様から木製や金属製のものが欲しいと言われ、我々はすぐにそれを作りました。プラスチックメーカーだからプラスチック製品だけを作るというのは、業種メーカーです。我々はそこにこだわらず、自社内で様々な素材に対応できる生産体制を作っていきました。
 また、問屋を通さず、お客様と直接取引をしようとすればメーカー直販になりますが、お客様にとっては、欲しい商品ごとにメーカーに問い合わせなければならず、不便です。そこで、我々は業種メーカーではなく、問屋機能を持つメーカー、すなわち業態メーカーになったのです。

柳瀬御社で言うメーカーベンダーとは、単に在庫を持って配送をするメーカーという意味ではなく、業態に合わせて商品開発をする、業態メーカーなのですね。

大山そうです。素材やカテゴリーが定まっている「業種」ではなく、その枠を超えた「業態」に視点を置いたメーカーです。
 さらに我々は、自分達が作ったものをどう売るかを考え、売場づくり、販促もサポートしています。アイリスのお客様は、エンドユーザーである消費者です。その方達に買ってもらわない限り、どんなにお店に供給しても意味がありません。売れずに在庫になってオフシーズンに返品されるという悪循環が起きてしまいます。そうならないよう常に、消費者の視点に立ち、消費者が欲しがる商品を、適切なタイミング、適切な売場、適切な価格で提供するという考え方でものづくりを行い、販促に取り組んできました。

柳瀬そのようにすべきだと気付かれたきっかけは何だったのでしょうか。

大山やはりオイルショックですね。大きな船は小さな波が来ても大丈夫だけれど、津波が来れば流されてしまう。オイルショックのようなことが起きたら、大企業も中小企業も関係ありません。「業界ナンバーワン」には意味がないのです。
 それが分かったので、いかなる環境にあっても利益を出せる仕組みを作ろうと考えたのです。そのためには、競争の少ないマーケットを見つけて、世の中にないものを作って出す。すなわち、需要創造をするということが必要なのです。

柳瀬園芸用品に始まって、収納やペット用品などの商品分野についても需要創造をしたということですね。

大山ええ。園芸の次に目を付けたのはペットの分野でした。1987年にペット用品を発売しましたが、これも単に商品をお店に置いてもらうのではなく、それまでは室外で飼っていたペットと室内で快適に生活するという提案をし、そのためのトイレ用品をはじめ、多くの新製品を作りました。このようにして、ガーデニングブーム、ペットブームのきっかけを作ったのです。
 1988年には、収納用のクリアケースを発売しました。これも、生活者の立場からの発想でした。一般の家庭では、通常、複数の収納ケースに入れてものをしまいますが、半年も経てばどこに何を入れたか覚えていないでしょう。何か必要になった時は、ケースをひとつ1つ開けて探さなくてはなりません。ならば、ケースが透明だったら中身が見えて探しやすいのではないかと考えました。
 当時は透明の収納ケースを作るための原料もなかったので、まず原料メーカーと一緒に2年がかりで原料を開発しました。そうしてクリアケースを作ったところ、爆発的に売れたわけです。
 やがて、ほかのメーカーも似たようなケースを作り始めた際には、我々は価格競争を避け、この製品をアメリカやヨーロッパへ持って行きました。

柳瀬海外ではどのようにして市場創造をされたのですか。

大山例えば、アメリカは家が広いので、ものをしまうという習慣はありません。でも、どこに何を入れたか、探すというニーズはあります。アメリカでは室内でも靴を履きますよね。特に女性は靴を何十足も持っていて、洋服に合わせて靴を選びます。そこで重宝されたのが、アイリスの透明のシューケースです。アメリカのお客様は、当社のシューケースを、ひとつふたつではなくケース単位で買って行かれるんですよ。

柳瀬なるほど。アメリカの家庭ではしまう習慣がないとか、靴をたくさん持っているといった生活様式は、ご自身では経験されないところだと思いますが、どうやってそこに気付かれたのですか。

大山当社の収納ケースにはたくさんの種類があったので、まずは色々売ってみました。するとお客様の「こう使いたい」という反応が返ってくるので、その要望に合わせて改造していったのです。マーケティングですね。

柳瀬小売り現場で実際にやりとりをしながらお客様の反応を捉え、開発に反映していったのですね。

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ランドスケープアーティスト 石原 和幸氏

  1945年生まれ。64年、急逝した父親の後を継ぎ、19歳でプラスチック成形加工を行う大山ブロー工業所代表に就任。71年に法人化、91年アイリスオーヤマに社名変更。生活用品の企画・製造・販売により、同社を大きく成長させた。地元の経済団体等において数々の要職を歴任。東北未来創造イニシアチブの代表発起人でもあり、地域の経済産業の振興に尽力している。

嘉穂無線株式会社 副社長 柳瀬 隆志

 1976年生まれ。2008年、嘉穂無線株式会社に入社。売り場経験を経て、09年取締役社長室室長に就任。「グッデイならできる」のフレーズで親しまれるCMの制作に携わる。10年に取締役本部長、13年、代表取締役副社長兼営業本部長に就任し、現在に至る。