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第5回 TOTO編

1914年、日本初の腰掛け式水洗便器を作り、1917年に「東洋陶器株式会社」として設立、人々の暮らしに新しい文化をもたらしたTOTO。以後約100年にわたり、トイレ・バス・キッチン・ラバトリーを網羅する水まわりのパイオニアとして、次々と新しい製品を生み出し続けている。創業時から変わらぬ「品質へのこだわり」と「お客様満足主義」を貫きながら、「ユニバーサルデザイン」「環境」「サービスを超えるお客様とのきずな」をミッションとして、新しい生活文化の創造を目指している。

  • 1 陶器から始まったパイオニアの歴史
      〜受け継がれる「良品主義」と「お客様満足主義」
  • 2 TOTOのものづくり 〜徹底した「品質」へのこだわり
  • 3 信頼の鍵は現場の対応力 〜かゆいところに手が届くサービスを

柳瀬グッデイでは、ウォシュレットをはじめ、TOTOさんの住宅設備商品を販売させて頂いています。今後、DIYを推進する中で、リフォームへの取り組みも視野に入れながら、御社の製品の魅力をお客様にもっと伝えていきたいと思っています。
  そこで今日は、水まわりのパイオニアとして、私たちの暮らしに快適な変化をもたらし続ける御社の「ものづくり」について、じっくりお話をうかがいたいと思います。 どうぞよろしくお願いします。

伊藤本部長(以下伊藤)こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。

1 陶器から始まったパイオニアの歴史
  〜受け継がれる「良品主義」と「お客様満足主義」

柳瀬まずは、「衛生陶器」製造のスタートから、住まいの水まわり全般を網羅する住宅設備機器メーカーとなった、御社の歴史をお聞かせ下さい。

製陶研究所 成形作業風景と国産衛生陶器第一号

伊藤TOTOは1917年に創業し、3年後には100周年を迎えます。もともとは、1912年に日本陶器合名会社(現:株式会社ノリタケカンパニーリミテド)が製陶研究所を設立し、衛生陶器の製造研究を始めたことに端を発しています。
 そして1914年、国内初の衛生陶器(腰掛け式水洗便器)を作り、1917年に北九州市小倉に東洋陶器株式会社を設立しました。
 日本陶器合名会社のルーツは、1876年に設立された貿易商社、森村組(現:森村商事株式会社)で、TOTOも森村グループの一員としてスタートしました。
 創業当初は下水道が普及しておらず、衛生陶器だけの販売では採算がとれなかったため、事業を補完するために食器も作っていたんですよ。

柳瀬御社のルーツは、日本を代表する陶器メーカー、ノリタケと同じなのですね。
 そう言えば、以前、御社の工場を見学させていただいた際に、本当に粘土から手作りで製品が作られているところを見て、驚きました。

伊藤ええ。衛生陶器も茶碗と同じように、ひとつひとつ粘土から形を作って焼き上げて作ります。ですから、全く同じものを複数作るということは不可能なんです。しかし当社では「良品と均質」に徹底してこだわり、技術を磨いてきました。ここに至るまでには、相当な技術の積み重ねがあると自負しています。
 初代社長が「良品の供給、需要家の満足が掴むべき実態です。この実態を握り得れば利益・報酬として影が映ります」と述べていますが、良いものを作ってお客様に満足して頂くという「良品主義」と「お客様満足主義」が、創業当時から脈々と受け継がれ、TOTOの根流となっています。
 北九州にTOTO歴史資料館があるのですが、そこで配布している『TOTO語り継いでいきたい「先人の言葉」』という小冊子の中に、「利益はたらいの水のようなもの」という言葉があります。これは、私は一番好きな言葉で、「たらいの中に張った水を自分の方に引くと、水は反対側に行ってしまうが、逆に向こう側に押すと、こちらに返ってくる。利益も、他人に与えようとすると自分に戻ってくるものである」という意味です。まさに、TOTOの姿勢を表している言葉だと思っています。

柳瀬良品主義とお客様満足主義が、御社の根幹なのですね。
 衛生陶器から、ユニットバスやキッチンなど、その他の製品にはどのようにして広がっていったのですか。

伊藤衛生陶器に続いて作ったのは、水栓金具類ですね。これがないと衛生陶器が使えません。我々はサニタリーフィッティングと呼んでいますが、こうした衛生陶器を使うために必要なものから揃えていきました。

ユニットバス工事風景(1964年)

 ユニットバスが誕生したのは1964年。意外に知られていないのですが、当社が日本初でした。この年は、東京オリンピックが開催された年です。海外から大勢の選手たちが来るというので、ホテルニューオータニが新たに建設されたのですが、防水工事に時間がかかるという問題があったようです。そこで、ちょうど茅ヶ崎の工場でプレス浴槽を製作していた当社に「それを箱にして持って来られないか」と依頼があり、そこから開発が始まって、世界初のユニットバス1044室を、ホテルに納入しました。箱型にしたものをクレーンでつり上げてホテルに入れたんですよ。
 以後、ユニットバスは、マンション、戸建用へと広がって行き、大ヒットしました。

柳瀬衛生陶器もさることながら、ユニットバスについても御社はパイオニアなのですね。

伊藤キッチンにも1981年から取り組んでいました。1984年には、ドイツのキッチンメーカーとの提携によるキッチン『ザ・キッチン ブルトハウプ』を発売しています。当時はこれがまだまだ高価なもので、CMは「クルマの次はTOTOのキッチンにして」というキャッチコピーで、ベンツの写真を掲載したものだったんですよ。
 こうして我々は、SLBK(サニタリー、ラバトリー、バス、キッチン)という、4つのパートから、ひとつの住宅の水まわり全体を構成するという考え方で、商品を生み出してきました。今、住まいのキーになるのはキッチンだと捉えています。今年は新しくシステムキッチン『mitte(ミッテ)』を出す予定です。

柳瀬御社のもうひとつの代表的な商品である『ウォシュレット』は、いつ頃開発されたのでしょうか。

伊藤ウォシュレットが誕生したのは1980年です。「洗う」という発想による、トイレの技術革命でした。ウォシュレットの名前の由来は「Let’s wash (レッツ ウォッシュ)」。単語を入れ替えてウォシュレットです。
 ウォシュレットの累計販売台数は、3000万台以上にのぼります。住宅設備商品でこれだけヒットし、世の中を変えたものはないという評価を頂き、一昨年「機械遺産」(※1)に登録されました。

初代ウォシュレット
『ウォシュレットG』

※1 日本機械学会が2007年に創設した制度。
歴史に残る機械技術関連遺産を大切に保存し、文化的遺産として次世代に伝えることを目的に、日本国内の機械技術面で歴史的意義のある「機械遺産」を認定する。

柳瀬ウォシュレットによって、私たちのトイレ文化が変わりましたよね。当社も、ウォシュレットをはじめ御社の製品を扱わせて頂いていますが、リテール事業を始められたのはどのような経緯からでしょうか。

伊藤我々はバブル崩壊後、増改築分野に力を入れようという方針のもと、1994年リテール事業に参入しました。当時、お客様の住まいにおけるDIY志向も高まっていたことから、直接そのニーズに応えているホームセンターで、当社の製品を販売して頂くようになりました。最近では、そのような形での販売が当たり前になっていて、ウォシュレットを求める方の8割が、ホームセンターや家電量販店で購入しておられます。今後は便器も、ウォシュレットと一緒に買って頂けるように工夫していきたいと思っています。

モノ見聞録
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TOTO株式会社城跡執行役員リテール販売本部長 伊藤 俊弘氏

 1955年生まれ。1981年東陶機器株式会社(現TOTO株式会社)入社。名古屋、東京を中心に企画部門、販売部門など幅広い分野での営業職を経験。2005年名古屋支社副支社長、07年リテール販売本部副本部長を経て08年リテール販売本部本部長、14年上席執行役員就任。現在に至る。
「明るく、楽しく、厳しく」をモットーに、お客様に最も近い販売部門として、わかりやすい価値提案を行い、お客様の安心と期待以上の満足を得ることを念頭において、日々、活動を推進している。

嘉穂無線株式会社 副社長 柳瀬 隆志

 1976年生まれ。2008年、嘉穂無線株式会社に入社。売り場経験を経て、09年取締役社長室室長に就任。「グッデイならできる」のフレーズで親しまれるCMの制作に携わる。10年に取締役本部長、13年、代表取締役副社長兼営業本部長に就任し、現在に至る。